君は「E.T.」をどれだけ愛するか (The Fortress of infinitude)

とまあ、貶されるだけ貶された感のある「E.T.」なのですが、実は近年になって、一部でその価値を見直す動きが見られます。いや、見直すというところまでいかなくても、客観的で良心的なフリークたちは、「E.T.」が本当の意味で最悪の駄作ではなかった―――少なくともミシコンやデータエイジといった悪名高いサードパーティの粗製ぶりは、間違いなく「E.T.」を上回っていた―――ことをよく知っています。

開発者であるハワード・スコット・ワーシャウ氏自身、「E.T.」をそれほどの駄作と考えていないような節があります。破滅的に短い開発期間のなかで、彼は一度スピルバーグ氏と面談し、「このゲームが発売されれば映画はもっと有名になりますよ」と伝えたというエピソードさえあるほどです。

当時彼は新進気鋭のゲームプログラマとして、デビュー作「ヤーの復讐」でスマッシュヒットを飛ばし、続く「レイダース」アクションアドベンチャーゲームの秀作として一定の評価を得ていました。「E.T.」は「レイダース」の流れを汲む、しかしよりシンプルなアクションアドベンチャーとしてデザインされています。どう評価するにしても、操作に癖のある、そしてゲーム内容の把握しにくい、相当とっつきにくいゲームであることは否めません。しかしこれはマニュアルさえ読めば確実に克服できるポイントで、何をするべきか分かってしまえば、実は適度な難易度に調整されていることが実感できるはずです。このゲームを「やたらと穴に落ちるばかりでストレスだけが貯まるゲーム」と評している人が日本にも大勢いますが、そういう人は先人の言葉を鵜呑みにしているか、ほとんどマニュアルを読んでいないはずです (私も最初は読んでいなくて、同様の感想を持ちました)。画面上部に表示される記号の意味や、そのままスタートすると最高難易度になることなどを知らずに始めれば、ゲームにならなくて当然なのです。ファミコン世代の感覚でいえば、下知識一切なしで「ボコスカウォーズ」をプレイするのに近いものがあります。

そういう問題点を除外すれば、「E.T.」は当時の平均的なVCSゲームに比べて、特筆するほど劣るようなものとはいえません。少なくとも「アドベンチャー」や「レイダース」が好きなら、ある程度は遊べるように出来ています。人によっては両者より面白く感じるかもしれません。そりゃ確かに、マニュアルを読まないと分からないようなアクションゲームは、それだけで致命的でしょう。一見シンプルに見えるこのゲームの場合はなおさらです。しかし「E.T.」が甘受してきた批判は、その点を考慮してもあまりに厳しいものでした (ゲームとして成立していないとさえ評されています)。ここまで評判を落としてしまった真の原因は何だったのでしょうか。同サイトの「E.T.を正当評価するページ」には、興味深い指摘が見られます。


このゲームが本当に忌み嫌われた理由は、長い間忘れ去られています。1982年頃のアタリのゲームは、平均25ドル〜35ドルだったのに、「E.T.」には50ドルの値札が付けられていたのです。当時これより高価なものはコレコビジョンの「ザクソン」しかなかった。躊躇いながらもせっかく買い与えたゲームに、子供が「すぐ穴に落ちるから」といってさっさと飽きたりすれば、親だってアタリのゲームはもう二度と買うもんかと誓うでしょう。

同じ時期に35ドルで売られていた記録も残っているので、マーケットによって価格はまちまちだったのでしょう (アタリが不当な価格操作を行っていた疑惑もあって、事実この直後に独占禁止法違反の疑いで有力サードパーティから提訴されています)。価格も問題でしょうが、私はそれ以上に、「E.T.」がクリスマス商戦の目玉アイテムだったことが強く作用しているように思います。つまらない (ように思える) クリスマスプレゼントは、子供にとって価格の問題よりはるかにショッキングだったはずです。もちろんそんなゲームでも、なんとか面白さを見出そうとして遊び倒し、正しい遊び方に辿りついた子供も少なくなかったわけですが、評価の声が上がる前に、不幸な事件が続発することになります。

まず「E.T.」が発売されて数週間後に、ワーナー/アタリの株価がいきなり大暴落しました。クリスマスシーズンはまだ序盤戦、「E.T.」の売れ行きが悪かったため…とするには、明らかに早すぎる時期のことです。しかし「E.T.」に費やした莫大な契約料がアタリの足を引っ張ったのは事実だったため、ゲーム内容に関係なく、業績不振の責任の一端を背負わされることになります。そういう状況下で、ゲーム雑誌のライターたちも容赦のない批判を浴びせました。


(訳注: 「E.T.」が理解されなかったのは) 当時はマニュアルを読まないと分からないようなVCS/2600用ゲームが、他にほとんどなかったからでしょう。どこかの雑誌のレビュアが、プレイ方法をまったく把握せずに低い点数を付けていたのを憶えています。

ヴィデオゲーム専門誌が世の中に誕生してまだ一年かそこらという時代です。レビュアの経験も十分ではなかったでしょう。そのうえアタリには一年ほど前にも、原作からほど遠い「パックマン」をVCS用にリリースして、ユーザーを裏切ったという前科がありました。この頃から、アタリは良質なサードパーティの勢いに押され、なかなかヒットを飛ばせなくなりはじめます。こういう状況では「E.T.」を―――というよりアタリのソフト全般を―――肯定的に捉えようという空気が薄らぐのも、無理はありません。実際この時期にアタリがリリースした他のVCSソフトにも、高い評価を受けているものはほとんどありません。そこに駄目押しのように、例の500万本廃棄事件が追い討ちをかけ、「E.T.」の評判は完全に地に落ちたわけです。

廃棄事件の翌年、スコット・コーエン氏は、のちの世間のアタリ観に多大な影響を与えることになる「『アタリ社』の失敗を読む」を著しています。彼は平均以上のヴィデオゲーム愛好者ではなかったのですが、ゲーム内容ではなくで、ヒット作に仕立てられなかったからというマーケティング上の理由で、アタリ衰退の責任を「E.T.」(と「レイダース」) に負わせています。こうして「E.T.」にはあらゆる方向から失敗作のレッテルが貼られてしまったわけです。幾多の不幸な要因が重なることで、ちょっとした「駄作」が完全無欠な「駄作」にまで貶められることがあるという恐ろしい事例を、「E.T.」は身をもって示したといえるでしょう。

ところでアタリの株価暴落が引金となってヴィデオゲーム市場の崩壊が起きたという「アタリショック伝説」は、大部分が嘘 (というか大昔の認識) なので、あまり真に受けないようにしましょう。少なくとも粗製濫造されたVCSゲームが消費者離れを引き起こしたという事実はありません。これについては後日改めてまとめる予定です。