玩具市場の8-bit/16-bit

「ガジェットショップ」を超えてさらに西へ歩くと、地下鉄のオックスフォード・ストリート駅に辿り着きます。オックスフォード通りはここで、高級ショッピング街として知られるリージェント通りと交差しているのですが、これを南に折れてしばらく行けば、世界最大の玩具デパート「ハムリーズ」が見えてきます。六階建ての広大なスペースには、当地の玩具とならんで「トミカ」や「遊戯王」カードゲームをはじめとする日本製品も豊富にそろっています。ああ、「ポケットモンスター」ブームはさすがにもう沈静化していました。関連グッズもほとんど見かけません。

キャラクターグッズが主役の日本と比べると、イギリスの玩具店では知的好奇心育成型の商品のほうが目立っています。エレクトロニクスを応用したものとしては、英国版電子ブロックことロジブロックが有名ですね。現在では類似商品もいろいろ出回ってますが、そのなかでも注目したいのは、イギリスの本気ぶりを端的に表しているケンブリッジ大学シリーズ (トイブローカーズ社) です。とくに、本物の電子部品を使ってサウンドエフェクトやレコーディングの仕組みを理解させるデジタルレコーディングスタジオなどは、もはや玩具の域を超越しています。

しかしなんといっても、8-bit/16-bitフリークの目を惹くのは、コンピュータ/ヴィデオゲームの技術を応用した学習機器たちでしょう。この方面は日本だと、セガトイズPICOの独壇場ですが、イギリスにその姿はなく、かわってVTechグループとリープフロッグ社が、二大勢力としてしのぎを削っています。VTechは香港を拠点とするコンシューマエレクトロニクスの老舗で、欧米ではコードレスフォンや家電製品でも有名です。この種のコンピュータを利用した学習玩具の開発には、実は1980年代初頭から取り組んでおり、ファミコン誕生前夜には家庭用ヴィデオゲーム機・クリエイトビジョンを送り出していたことでも知られています。もっともこれは、日本ではチェリコの製品として名が通っているため、VTechの存在は今日にいたるまで知られることなく終わっています。かくいう私も「ハムリーズ」でその製品に触れるまで、恥ずかしながらいまだ現役のメーカだったとは知りませんでした。調べてみると、日本でも三年ほど前に、子供向けPDAで少し話題になったことがあるのですね。

VTechの展開しているArtificial Intelligenceシリーズは、一般的なデスクトップ/ノートPCを強く意識した学習コンピュータです。表示部こそモノクロ液晶ですが、最上位機種のSlim PadDesktop Powerともなるとなかなかの本格派で、アプリケーションはカートリッジやCD-ROMで供給できるようになっており、各科目の教育ソフトほか、アクションゲームやクイズゲームなど、最大120種類のソフトを扱うことができます。ここまでやるならいっそBASICも載せて、本物の8-bitパソコンに仕立てたくなるような代物ですね (いえ、実際に8-bitかどうか確認はしていないのですが、まあそういう感触でした)。

1980年代初頭の欧米ヴィデオゲーム産業は、安価なゲームパソコンの台頭を牽制するべく、コンピュータとしての存在感をアピールしようとしたものですが、クリエイトビジョンも含めてどれも太刀打ちできずに終わりました。それから二十年近い歳月が流れ、子供向けパソコンという市場が空白に戻ってから、VTechは再びこの商品カテゴリに舞い戻り、見事トップブランドの地位を獲得したわけですね。ちなみにArtificial Intelligenceシリーズの開発を推進する米VTechインダストリーズを統括するのは、エミール・ハイドケンプ氏。元コナミ・インク副社長です。

かたやもう一方の雄・リープフロッグの最高責任者は、メガドライブ/ジェネシス最盛期にセガ・オブ・アメリカのCEOを務めたトーマス・カリンスキ氏。リープフロッグはカリフォルニアを拠点とする知育玩具専門企業で、VTechとは対照的に、創業十年に満たない若い会社です。しかしアタリゲームズの出身者を擁するエクスプローラ・テクノロジーズ社を吸収合併するなどして、技術的には申し分のない蓄積を誇っています。日本ではセガトイズと連携し、その主力商品であるココパッドを展開しているので、名前くらいはご存知のかたも多いのではないでしょうか。

子供向けPDAiQuestをはじめ、携帯性を重視した製品が多いのもリープフロッグの特色でしょう。この方面には、Phusion (VTech) やW.A.V.E. Linkシリーズ (Kessel)といった香港勢や、日本でも知られているCybikoシリーズ (これもVTechの傍流) など、競合勢力がひしめき合っており、リープフロッグも苦戦を強いられています。しかし昨年11月に発売したハンドヘルド版PICOともいうべきLeapsterで、再び大きな注目を集めることに成功しました。見ての通り初代ゲームボーイアドバンスを思わせるハードウェア (実は液晶が暗いところまで似ている) なのですが、リープフロッグの集大成ともいうべき製品として、さまざまな期待が寄せられています。

ただし全体的に見ると、こういった種類の学習玩具の人気は最盛期を過ぎ、現在は頭打ちの状態にあるようです。VTechは2001年から緩やかな減益傾向にありますし、いっぽうリープフロッグも、昨年は過去最高の売り上げを達成していながら、今年に入って一転、最悪の赤字と株価を記録。旧製品の価格切り下げを余儀なくされています。

…と、あれれ。ロンドンレポートのはずが、今回はなにやら海外ハイテク玩具事情のような内容になってしまいました。全二回と告知しておいてなんですが、このまま続けるとちょっと長くなりすぎるので、予定を変更してもう一回お届したいと思います。

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