「アタリショック」の嘘と誤解
ありがたいことに一部でご期待いただいているようですが、申し訳ありません、「アタリショック」考の発表までには、あと半年から一年はかかりそうです。というか、これについて実は一年近く綴り続けていて、現在すでに原稿用紙100枚を越える内容になっているのですが、その間にも次々と新しい資料に出くわす始末で、なかなか完成に漕ぎ着けることができずにいます。今回はそのダイジェスト版で、少しお茶を濁させていただきましょう。
身も蓋もない話をしてしまうと、日本語で読むことのできる「アタリショック」情報は、すべて不正確です。「アタリショック」について記した書籍論文は数あれど、まともな分析調査を経ているものは一冊も存在していません。悲しいかな、インターネットではそれらの粗悪な記述を寄せ集めたものが、常識としてまかり通っている始末です。
「アタリショック」について調べるということは、これまで積み重ねられてきた誤認と誤解を、ひとつずつ解体していく作業に他なりません。そもそも北米ヴィデオゲーム市場消失の責任を、アタリやVCSだけに押し付けるところからして間違いで、だからこそ欧米ではこの現象を総合的に「ヴィデオゲーム・クラッシュ」と呼んでいるわけです。そしてこのクラッシュの本質は「粗製濫造」とか「消費者離れ」といった一面的な見方で解説できるほど単純なものではありません。少なくとも、三つの異なる要素が複雑に絡み合った結果として起こった出来事だと理解しておく必要があります。その三つとは、以下のようなものです。
1) VCSカートリッジ適正価格の破綻
VCSサードパーティのいくつかは、市場参入後一年足らずで倒産あるいは撤退し、比較的新しいソフトを捨て値で撒き散らして去っていきました。この影響で各社とも新作ソフトの値下げを余儀なくされ、それがさらに倒産・撤退する企業を増加させるという悪循環を引き起こします。こうしてカートリッジ販売の利益は目減りしていき、最後には利益構造が完全に破綻してしまうわけですが、そんななかでカートリッジ販売本数はむしろ大幅に増加しています。じつは粗製濫造のさなかでも、消費者のゲーム離れは起きていなかったのです。ただもう誰も、新作カートリッジを適正価格で買う気を起こさなくなってしまっただけで。
2) 超廉価ホームコンピュータの出現
上記とちょうど同じころ、パソコン方面の熾烈な値下げ合戦がピークを迎え、ゲーム機より高性能なゲームパソコン (コモドール64やアタリ800XLなど) が、大差ない価格で手に入るようになります。このため単なるヴィデオゲーム機は一気に求心力を失っていき、両者のシェアはやがて逆転。ヴィデオゲーム市場は崩壊したのではなく、ホームコンピュータ市場へとシフトしていったというのが真相です。
3) 次世代機の不在
当時のヒットチャートには、コレコビジョンがVCSのシェアを大きく食い荒らしていた様子が如実に表れています。二年足らずの短いライフスパンのなか、コレコビジョンは全世界で600万台以上 (同じ時期のVCSと同程度) を売っていました。ヴィデオゲーム機没落の渦中とはいえ、VCSの次世代を担う存在として急成長していたわけです。ところがコレコはコンピュータ市場へのシフトに失敗してエレクトロニクスへの意欲を失い、コレコビジョンともども戦線を離脱。同じ頃アタリは、新型ゲーム機・7800を発売することで巻き返しを図ろうとしていたのですが、上記のホームコンピュータ低価格化のあおりで価格設定に折り合いがつかなくなり、発売したくてもできなくなってしまいます。残されたのは、もはや時代遅れのVCSだけ。市場が萎縮するのは当然です。