解析機関

バベッジは階差機関の挫折と前後して、プログラム方式を採用した次世代の自動計算機、すなわち解析機関の設計に着手しています。そのパーツを一通りデザインし終えたあと―――それはちょうど政府が階差機関を見放した頃でもあるのですが―――彼は20年前にやりかけていたゲーム研究を再開しました。これまでの蓄積を活かして「ゲームをプレイする機械」を具現化できるかどうか試そうと考えたのです。

そもそもチェスをはじめとする思考ゲームは、本当に人間の理知がなければプレイできないものなのか。彼はまずこの点を明らかにするべく、あらゆる階級・年齢層の人々に意見を求めています。「そりゃもちろん必要だろう」というのが、ほとんどの回答でした。「そうでないと、オートマトンにもプレイできてしまうじゃないか」とわざわざ付け足す人もいたそうです。こうした認識の背景には、10年近く前に出版された「自然魔術の書」の影響もあったのでしょう。数学に精通した人のなかには、機械が優秀な対戦相手になり得る可能性を認める者もわずかながらいたそうですが、それもあくまで可能性だけの話であって、彼らもまた、実際に機械を設計することなど、いかに単純なゲームが対象でも不可能だと考えていたそうです。

しかしバベッジ自身は、周囲の意見に囚われることなく、「ゲームをプレイする機械」の実現に向けて、着実に歩を進めていきます。1844年には対戦型の思考ゲーム全般に共通する法則を論文として発表し、世界ではじめてゲーム木を使ったゲーム分析を行いました。そしてこのゲーム木から局面に応じて最良の手を探し出すアルゴリズム―――今日いうところのミニマックス法―――を用いれば、機械でも人間に勝利しうることを論証してみせるのです。あまり知られていないことですが、彼はまたゲーム理論の父でもあったのです。

(ちなみに歴史上はじめてミニマックス型のゲーム戦略に言及したのはバベッジではなく、フランスのジェームス・ウォルドグレイヴという人物で、1773年に「le Her」と呼ばれるカードゲームを二人でプレイする場合の解法を記していたそうです。しかし彼はこれを「確率に左右されるカードゲームでは通常役に立たない戦略」と結論し、他の思考ゲームへの応用を考えることなく終わっています)

このときまでに、解析機関の基本設計は大部分まとまっていました。バベッジにいわせれば、解析機関は「記憶」し、それに基づいて「先読み」できる機械です。そして彼は先の論文で、思考ゲームに必要な知性を、このふたつの能力に還元することに成功しました。ここまできたら、あとは実際にゲームマシンを設計するだけです。