Marvin Glass & Associates

DNAがヴィデオゲーム史に果たした役割については以前詳しく述べましたが、MGAもまた興味深い歴史を持つ会社です。もっとも彼らの場合は最初からヴィデオゲームメーカーだったわけではなく、その創業者マーヴイン・グラス氏はそもそも高名な玩具発明家でした。彼が1950年代から1970年代にかけて発明した玩具の数々は、それだけで一冊の本が書けるほど多彩なものです。グラス氏本人は1975年頃に他界していますが、その発明精神はあのラルフ・ベア氏をも惹きつけ、彼はやがてMGAと共同で「サイモン」を生み出すことになります (発売はミルトン・ブラッドレイ)。

ベア氏とMGAチームはこれだけでなく、「マンデイ・ナイト・フットボール」というヴィデオゲームや、業界初のカメラ付きヴィデオゲーム (プレイヤの顔を取り込むことができる) なども共同開発しています。いずれもバリーに売り込まれましたが、商品化には至らりませんでした。しかしMGAの開発能力が、バリーとその子会社ミッドウェイに大きな印象を与えたことは確かです。

ミッドウェイがMGAを本格的に起用しはじめるのはMCR-2マザーボードが完成した1981年からで、MGAは以後数年のあいだに「ワッコウ 」「ドミノマン」「タッパー」「ジャーニー」といった作品を手がけています。残念ながらいずれもヒットには至っていないので、アーケード不況の到来とともにMGAが見捨てられたのは無理からぬことでした。