「テレビゲームとデジタル科学展」のPDP-1

残念ながら私は未訪なのですが、東京で開催中の「テレビゲームとデジタル科学展」は、なかなか好評のようですね。展示概容をざっと見渡しただけでも相当なヴォリュームを実感できるわけですが、そのなかで私を一番驚かせたのは、世界最初のコンピュータ・ヴィデオゲームとして知られる「スペース・ウォー!」の展示でした。というよりむしろ、「スペース・ウォー!」の母体であるPDP-1がまだ稼動することに驚いたといったほうがいいでしょう。

DECのミニコン第一号・PDP-1は、1960年代に50台が製造されました。しかしその大半は今日すでに行方知れずになっており、完全に動作するものとしては、もはやカリフォルニアのコンピュータ歴史博物館が所蔵する一台が知られるのみになっています。これはもともとMITに寄贈されたPDP-1の第二号機、つまり「スペース・ウォー!」が生み出された当のマシンだったもので、2002年にイギリスで開催された「ゲーム・オン」にも貸し出され、そこでも「スペース・ウォー!」を動作させていました。なら今回の展示も驚くには値しないじゃないかと思われるかもしれませんが、「ゲーム・オン」開催中にPDP-1の調子は相当悪くなっていたらしく、途中から電源もろくに入っていなかったと聞いています。そういう状況を押してまで日本に持ち込まれるのだとしたら、これは只事ではないというか、下手をすると実動するPDP-1にお目にかかることができる最後の機会になるかもしれない―――などと思ったわけです。

しかし残念ながら (あるいは瀕死のPDP-1にとっては幸いにして)、さすがにそうはなりませんでした。先日「テレビゲームとデジタル科学展」に行ってきたというs-yamane氏より、展示中のPDP-1についてコメントを頂戴しています。


PDP-1は『レプリカ』と明記してありました。Spacewarは誰も触れない状態で動いているので、初期状態から一直線に重力星に吸い込まれるのをエンドレスでくりかえしてます...
うーむ、それもやむなし、というところですか…って、ちょっと待ってくださいよ。レプリカ? PDP-1のレプリカなんて初耳です。いったいどこからこんなものを調達してきたのでしょうか。

VintageTech製 PDP-1レプリカ

調べてみると、問題のレプリカはわざわざ「テレビゲームとデジタル科学展」のために作られたものであることが分かりました。科学展のほうでは、当初やはりコンピュータ歴史博物館にPDP-1の貸し出しを打診していたようなのですが、何しろ故障中なので応じられるわけもありません。そこで博物館側は、ヴィンテージ・コンピュータ・フェスティバル (VCF) に話を持っていきました。VCFといえば毎年同博物館で開催されている旧世代コンピュータの祭典ですが、その責任者であるセラム・イスマイル氏はビンテージ・テック社の経営者として、旧世代機レプリカの設計にも実績があるのです。そこで彼にPDP-1レプリカの開発を依頼し、科学展ではそれを使ってもらおうという話にまとまったそうです。

そういう経緯で急遽生み出されたこのレプリカ、外見は驚くほどオリジナルによく似ていますが、さすがに内部まで寸分違わず同じというわけにはいきませんでした。イスマイル氏の解説によると、ケースの中に収められているのは、実はLinux PCで、これでPDP-1シミュレータ・SIMHを動作させているに過ぎないようです。とはいえこのシミュレータも特別製で、グラフィック表示に対応していることはもちろん、パネル操作やランプの挙動なども抜かりなく再現しているとのこと。見たところ紙テープの読み込みも可能なようですし、少なくともかなり実機に近い感覚で扱うことができるのは間違いなさそうです。

ところでこのPDP-1レプリカ、実は商品化の予定もあるそうです。販売対象は一応フロントパネルおよび入力部のみとなっていますが、要望があれば完全セットでも提供するという話なので、興味のあるかたは直接イスマイル氏にご質問してみてください。

その後のPDP-1実機

今回レプリカについて調べていて知ったのですが、コンピュータ歴史博物館は、昨年10月からPDP-1の修復プロジェクトを進めていたのですね。当時の部品を入手するだけでも大変な現状では、修理も一朝一夕には進まないようですが、電源はつい先日持ち直したようです。「テレビゲームとデジタル科学展」の開催があと数ヶ月遅ければ、蘇った実機が日本に持ち込まれていたのかもしれませんね。