セックスと切腹

スティーヴン・レビー氏は、労作「ハッカーズ」を仕上げる2年前に、その導入編ともいうべき「バイナリ世界の美しき執念」というコラムを発表していました。そこにはスタンフォード大学の学生が作ったという、「Seppuku」というジョークプログラムが出てきます。ジョークプログラムはミニコンピュータの黎明期からいろいろあったといいますが、初期の具体例が示されているのはちょっと珍しいかもしれません。

「Seppuku」はPDP-10のプログラムで、起動するとこんなメッセージを表示します。


Seppuku is not a program for honorable users. Do not
run Seppuku unless you can live with your shame. Type
y if you must run it.

(訳: Seppukuは高潔なユーザーのためプログラムではありま
せん。恥を背負って生きる覚悟がなければ実行しないでくだ
さい。使用する必要がある場合はyを押してください)

興味を抑えられない人がうっかり 'y' を押すと、画面がフラッシュして、一面びっしり「GOMEN NASAI!!」という文字で埋め尽くされます。しばらくすると、今度はコンピュータに保存してあるファイルのリストが表示され、「本当にファイルをすべて消去してもよろしいですか?」と訊いてくる。状況を飲み込めないユーザーが呆気にとられている間に、プログラムは勝手に 'Yes' を選んでしまい、ファイルは一個ずつリストから消されていく。「ファイルはすべて削除されました。さようなら。よい暮らしを」

コンピュータウイルスみたいな手口ですが、破壊的なものが世に出回るのはもっと後の話。これは実際には何も削除しはしません。同じ手合いのジョークプログラムは以降も数多く出まわっていて、Windowsにさえあります。意外と長い歴史 (?) のあるものだったのですね。

それにしても切腹とはまた突拍子もないネタだなあ―――と思っていたら、これにはオリジナルがあるらしいことが分かりました。1974年頃までに出まわるようになっていた、同じくPDP-10用の「Sex」というプログラムです。Seppukuというのは、Sexに発音が似ていることにひっかけた駄洒落だったわけですね。「Sex」のほうは最初のメッセージでゲームであることを仄めかしていたらしく「Sexのプレイは危険に満ちています。それでもプレイしますか?」なんて訊いてきたそうです。'Yes' を選ぶと思わせぶりな比喩描写が始まる。そして後はご同様というわけです。当時すでにきわどいプログラムはいろいろ出回っていたといいますが、これもそのひとつだったのでしょうね。

Cookie Bear 〜 Cookieの起源

ジョークプログラムに関連して、もうひとつ。

webブラウザなどでユーザー情報を保存する手段として、Cookieというものがあります。なぜCookieと呼ばれるようになったのかについては諸説あって、日本ではおみくじクッキー (fortune cookie) 由来説がよく知られていますが、今日もっとも有力なのは「クッキーベア」と呼ばれるジョークプログラムをルーツとする説です。

1970年のこと。あるところに悪戯好きなIBMメインフレームのオペレータがいました。彼はホストコンピュータから気まぐれに端末をロックアウトして、そのユーザーたちに「クッキーおくれよ」とメッセージを送り、ユーザーが 'cookie' と入力するまでは何もさせない、なんていうおふざけをよくやっていたそうです。

これはアンディ・ウィリアムズが主演する人気バラエティ番組のパロディでした。番組中にはアンディからあの手この手でクッキーを掠め取ろうとする熊「クッキーベア」が登場するコントがあって、これが当時一部のハッカーたちの間でバカ受けしていたのです (ちなみに「クッキーベア」は「セサミ・ストリート」に登場するクッキーモンスターの元ネタでもあります)。

この悪戯の話を聞いて「そういうコンセプトでやるなら、自動化しちゃったほうがいいんじゃないのか」と強く感じたハッカーがいました。クリストファ・タヴァレスというMITの学生です。彼は実際に、当時使用していたMultics (GE-645のOS) でプログラムを組みました。そしてセキュリティの甘いユーザが席を立った隙に起動ファイルに細工して (一行書き足すだけ)、ある時間が来ると「クッキーベア」が起動するようにしたのです。

彼の電脳熊は、5〜10分の不定期な間隔で「クッキーおくれよ」と四度せがみ、それで反応が得られないと「OK, じゃあ失せるとするよ。ダメな野郎だね」と捨て台詞を吐いて消えるというものでした。このプログラムはこっそり外部から呼び出されるため、ユーザーの手元にほとんど痕跡を残しません。その巧妙な仕掛けが評判を呼び、彼の「Cookie Bear」はまたたく間に他のMultics機にも飛び火。PDP-10を始めとする当時の主要なミニコンピュータにも次々と移植されました。タヴァレス氏によると、「クッキーベア」はペンタゴンにまで持ち込まれ、アクセス時の機密保持に応用されたそうです。

UnixにおけるMagic Cookieもまた、おそらくはこうした流れを受け継いで誕生したものなのでしょう。そしてこれが、今日のwebブラウザにおけるcookieの足掛かりとなっていくわけです。

参考: