Rogue 1975年起源説の謎

以前から気になっていたのですが、「ローグ」の誕生が1975年だと言い出した人は一体誰なのでしょうか? 実は私も、つい何年か前までそう信じ込んでいました。私みたいに半端な「ローグ」フリークじゃないかたならとっくにご存知だと思いますが、正確な誕生年は1980年。「ローグ」は別に、世界初のコンピュータロールプレイングゲームなどではないのです。

「ローグ」の根幹をなす画面表示ルーチンは、1980年以前には存在していませんでした。しかもこのゲームを手がけた大学生たちは、1975年の時点ではまだ大学生になっていない…ちょっと調べれば、起源を1975年まで遡ることは、どう考えても不可能だと分かります。

どうも1975年起源説は日本特有のものらしく、少なくとも欧米には、1975年に「ローグ」が誕生したなどと言う人は見当たりません。USENETの過去ログを当たってもそういう記述はないので、別に最近認識が改まったというわけでもないのでしょう。となると、1975年説の出所は、おそらく日本の雑誌か書籍ではないかと思われます。

私が知る範囲内で、1975年説を紹介したもっとも古い書籍は「電視遊戯大全」(1988) なのですが、日本に「ローグ」を紹介した書籍としては、なんといっても「ローグ・ハンドブック」(1986) が代表的です。1975年説があれだけ一般的になっているところを見ると、このあたりが起源ではなかろうかと思って探してみたのですが、読んでみると成立年代には言及していませんでした (ちなみにこの本は、少し前に歴史関係の部分を除いてオンライン公開されていました)。

ですがそれにしても、一年や二年ならともかく、どこをどうすれば五年も間違えることになるのでしょうか。自然に考えれば、1975年に何か勘違いを誘発しそうなものが存在していたから、ということになりそうです。しかし1975年といえばまだコンピュータゲームの黎明期。該当しそうなものはひとつしかありません。最初のアドベンチャーゲームとして知られる「アドベンチャー」です。

オリジナル版の「アドベンチャー」は、1972年〜1973年頃にウイリアム・クラウザという人物がごく個人的に開発を始めたものです。ARPANet (今日のインターネットの元になった研究機関のネットワーク) で広まるようになったのは1975年からなので、開発者公認の発表年はこの年ということになっています。そして私にはこれが、「ローグ」の完成年と誤解されたまま日本に広まったのではないかと思えてなりません。

アドベンチャーとロールプレイングを混同? そんな馬鹿な…と、今日の視点からは見えるかもしれませんが、もともと「アドベンチャー」はテーブルトークRPGダンジョンズ&ドラゴンズ」の雰囲気をコンピュータ上に再現するべく開発されたものです。当時の視点であえてこれをカテゴライズしようと思えば、ロールプレイングゲームのほかはあり得なかったわけです。プレイヤーキャラクタは成長もしなければ、各種のパラメータを持っているわけでもありません。しかしゲームマスターたるコンピュータと言葉をやりとりすることによって探索が進展するという点で、それはまぎれもなく「ダンジョンズ&ドラゴンズ」だったわけです (ただし開発当初の段階では本家「ダンジョンズ&ドラゴンズ」がまだ登場していませんから、意識するようになったのは途中からでしょう。「アドベンチャー」の基礎は、クラウザの趣味だった洞窟探検をコンピュータ上に再現するところから始まっているようです)。実際海外には今日でも、「アドベンチャー」が最初のコンピュータRPGだと記している人がいるくらいなのです。

アドベンチャーゲームというのは、「アドベンチャー」タイプのゲームが増加していくうえで生まれた比較的新しい区分であって、少なくとも1980年代初頭までは、あまり厳密にロールプレイングゲームと区別できない関係にありました。ASCIIの本格派テキストアドベンチャー「表参道アドベンチャー」(1982) が『日本初のロールプレイングAVG』を標榜していたことにも、その辺の空気が反映されていたわけです。

「ローグ」1975年説を紹介してしまった人は、恐らく海外の書籍か何かを斜め読みしながら「世界初のコンピュータロールプレイングゲームは、1975年に誕生した」という記述を発見し、それを「ローグ」のことだと思いこんでしまったのではないでしょうか。何の根拠もない憶測ではありますが、「ウルティマ」「ウィザードリィ」ではじめてロールプレイングゲームを認識した「ごく普通の」日本人なら、テキストアドヴェンチャーゲームに同じ匂いを嗅ぎ取ることができないのも、当然ではあります。

参考:
コラム・インフォコム専科?