MSX3と3DOにまつわる噂の真相

先日まとめたテキサス・インストゥルメンツ系VDPの系譜に、ヤマハのV9990というチップが登場しました。幻のMSX3規格を担うはずだったにも関わらず、完成が遅れたため規格ともども採用を見送られることになったという、いわくつきの一品です (詳しくは「MSX turbo R は未完成の MSX3だった!!」http://www2.nkansai.ne.jp/users/mips/html/cont)msx.html をご一読ください)。

かれこれ数年前、このV9990がどうも3DOに組み込まれているようだという噂が、インターネットをまことしやかに駆け巡ったことがありました。ポリゴン描画に重点を置く3DOに、わざわざスプライトに長けたV9990を選ぶ理由が見当たらないので、もとより信憑性に欠ける情報ではあったのですが、しかし両者の解像度や発色数に共通する点があることは見過ごせません。メガドライブにおける32Xのような形で、ポリゴン処理の結果をV9990を通して表示している可能性がないとも言い切れないわけです。まあ想像しようと思えばいろいろ想像できるわけですが、肝心の3DOはカスタムチップの塊で、詳しい技術情報は不明でしたから、真相は有耶無耶のままにされていました。

ところが先日、ふとしたきっかけで、3DOのハードウェア設計に携わったデイヴ・プラット氏とコンタクトを取ることに成功したのです。せっかくの機会なので、この件について直接確認してみました。


―――OPERA (3DOの試作段階の名称) にヤマハのテクノロジが使われていた可能性はあるでしょうか?

「私が知る限りでは、3DOチップセットヤマハの技術を組み込んだりはしていません。
デイヴ・ニードル (3DO社の前身・ニュー・テクノロジーズ・グループ [NTG] 社のハードウェア責任者)、RJ・マイカル (同ソフトウェア責任者)、あるいはそれ以外の誰かがヤマハについて何か言っていた覚えはまったくないですよ」

―――3DOはたしかに、V9990と同じ解像度 (640x480), 同じ発色数 (32768色) を備えています。多分このせいで、V9990の機能がカスタムチップに内蔵されていると考える人が出てきたのだと思うのですが。

「その可能性はかなり考えにくいですね。640x480/32768色といえば、当時のPC (VGA, 16ビットピクセル深度) のごく標準的な画質です。だからこれに倣ったのでしょう。実際のところ、内蔵フレームバッファはほぼ常時この解像度の何分の一か (たしか320x240) でピクセルとスキャンラインの複製/補間を処理していたのですが、それがカスタムチップのヴィデオ出力部で行われていたことは間違いありません。

カスタムチップの製造時に、V9990を内蔵してしまう機会もあり得なかったでしょう。チップの製造からパッケージングまでの工程は、たしかにAT&T半導体工場で行われていたのです。
そして、松下との交渉が始まったのは、私が知る限りシリコン化が完了してからのことです」

ということで、V9990内蔵説は根も葉もない噂だったことがほぼ確定しました。まあ当たり前といえば当たり前の結末ですが、胸のつかえが取れた人が、何人かでもいらっしゃれば幸いです。

アタリとアミガの末裔・3DO

3DOのカスタムチップを設計したNTG社が、あのLYNXを手がけたエピックス社の (もっと遡ればアミーガ社の) スタッフたちにより設立されたものだったという事実は、日本では意外なくらい知られていません。しかし今にして思えば、どこからともなく最新鋭の技術を携えて現れ、大企業に買いとってもらうというアプローチは、確かに両機種とも共通していました。

3DOのカスタムチップは、短いライフスパンのなかで2段階の進化を遂げています (プラット氏によると、NTGではチップ開発に独自開発のロジック設計言語とソフトウェアシミュレータ、そして22V10を始めとする大量のPLDを使用していたそうです)。最初期のものはグラフィックスを司るMADAMチップとサウンドを司るCLIOチップで構成され、次に両者を統合したANVILチップへと発展。そして最後にCPUも一体化し、CALVINチップとして完成します。

次世代3DOとなるはずだったM2のチップセットには、このCALVINの全機能が集積されていたようです (M2が3DOの拡張ユニットとして発売されていたら、初代3DOのチップセットが無意味にもう1セットあることになっていたのだとか)。M2のテクノロジが松下電器に売却されて以降、チップレベルでどういう展開があったのかまでは、さすがに分かりません。

ところでM2は、わりと最近までゲームと関係ない世界で細々と現役だったのですね。末期の姿はM2 Express!さんが異様に詳しいですが、M2システムを扱っていた松下のインタラクティブメディア事業部は2002年2月1日付で新設のITプロダクツ事業部に併合され、M2システムの公式ホームページもこの直後にひっそりと姿を消したようです。