TEXTFILES.COMのある風景

1980年代から1990年代にかけての8-bit/16-bit文化は、パソコン通信草の根BBSと切っても切り離せない関係にあったわけですが、そこに蓄積されていた文書資産は、インターネット時代の到来とともにいずこともなく消え去ってしまいました。おそらく大半は今日に至るまで、ほとんど整理も再公開もされないまま放置されています。私たちはインターネットの普及と引き換えに、膨大な量の史料を喪失してしまったわけです。しかしそのことに危機感を覚えている人は、まだ多くはありません。あるいは歴史的価値を自覚している人たちでさえも、著作権への配慮からオンライン公開やアーカイヴ化には消極的な姿勢をとっている場合がほとんどです。私はこの喪失が原因で、「〜の起源はなんだ」という不毛な議論が起きるさまを随分見てきた気がします。最近だとこのへんとかこのへんなど。

海の向こうでも事情はそれほど違いません。欧米では日本に比べれば多少なりとも草の根BBSが健在であるとはいえ、往時から存続しているBBSは結局一握りもありませんし、またBBSの歴史が日本に比べて長く、草の根局数も桁違いに多かったので、過去資産の全貌把握はそのぶん困難になっているところもあります。しかしジェイソン・スコットというテキストファイル収集家がアクションを起こしてから、あちらではBBS時代の失われた文書たちが少しずつ復活しはじめました。彼は1998年にTEXTFILES.COMを立ち上げ、20年以上にわたって拾い集めてきた膨大な資料を積極的に公開しはじめたのです。消え行く文書を繋ぎとめるために、あえて著作権侵害の危険を侵そうという彼の活動は、やがて多くの賛同者を得るようになり、TEXTFILES.COMはいまや約60,000件の文書を提供する大規模アーカイヴに成長しています。書籍や雑誌に登場しない肉声を記録した場所としての価値は、Googleグループとならんで計り知れないものがあるといえるでしょう。

TEXTFILES.COMの活動がフェアユースに該当するのかどうか、今のところ法的な判断は示されていません。ただ文書にはきわどい内容のものも多く、ジェイソン氏の元にはしばしば削除や改変をめぐって法的圧力の脅しが届くということです。なかには問題をクリアできそうにない文書もあるということは彼自身認めるところで、これまでにも妥当なものや仕方のないものは個別に削除に応じたりしています。しかし、そうした見切り発車的なところがある反面で、TEXTFILES.COMの存在そのものはいまのところ問題視されていないことも事実です。収められた文書の大半は、インターネットのような存在を想定していなかったというだけで、もともと不特定多数に無償で読まれることを望んでいたわけですから、どのみち無断掲載による「被害」は算定不能だという読みもあるのでしょうが、それでも日本だと、なかなかここまで強気には出られませんよね。