著作権フリーなエミュレーション、その先にあるもの

たびたび述べているように、ZXスペクトラムというパソコンはクリーンなエミュレーションの実現にかけて最先端に位置する存在です。エミュレータの配布が正式に認可されているだけでなく、過去に市販されていたソフトの大半や関連資料まで公認・無償で入手できるといういたれりつくせりの環境には、旧世代機エミュレーションの理想像が示されているといっても過言ではないでしょう。こうした状況はひとえにユーザーたちの著作権問題意識の高さと積極的なボランティア活動のたまもので、その成果はWorld of Spectrumというサイトに集約され、誰でもアクセスできるものとなっています。

ところが英国のレトロPCジャーナリストであるコリン・ウッドコック氏は『Micro Mart』誌の連載コラムのなかで、次のように述べています。


毎年クリスマスが近づいてくると、eBayディスク問題に絡んだアンビバレンスの発作らしきものに襲われる自分に気が付く。これから述べることに、スペクトラム・コミュニティの住人はほとんど例外なく賛同しかねるだろう。私自身もそうなのだ。それにも関わらず、これが長期的にみればむしろシーンに利益をもたらす可能性があるのではないかという考えを、私は払拭することができないでいる。

eBayディスク問題とは? 単純なことだ。World of Spectrumのウェブサイトに行って、エミュレータ、ゲームファイル、雑誌スキャンなど――当然すべて無料――をありったけダウンロードし、ブランクDVDに焼きまくる。それから有名ゲームのスクリーンショットと「シンクレア」「スペクトラム」「メガ」とかいった単語をあつらえた悪趣味なカバーを印刷。そいつをeBayに持ちこんで、2.99ポンド (600円) ぐらいで違法販売するのである。原本を創り出すのに汗水流してきたスペクトラム愛好者たち全員に心底不快な気持ちを味わわせたいなら「これは製作にかかる手数料のみの価格で、当方は一切の利益を得ておりません」みたいな商品説明も欠かせない。いやもちろん、ダウンロードは今現在それくらい労力がいる作業ではあるが。

こういう言い訳をされるとやはり法的に取り締まることは難しいのでしょうか、この手の出品は後を絶たないようです。評価に傷を付けるためだけに入札してやろうかという気分に何度襲われたことか――ウッドコック氏はそう述べています。


しかし結局、若い頃に90分テープでソフトをダビングしていたスペクトラム愛好家が、いま現在スペクトラムのゲームを複製転売している輩に喧嘩を売ったところで、目くそ鼻くその偽善行為でしかないのではないか、という考えがいつも頭を過ぎるのである。それで頭が冷めて、私は特売品のチェックに戻る。もちろん私には腹を立てる資格がある。私たちが80年代にやっていたことに比べて、複製の規模がとんでもなく大きいということは確かなのだ。それに私たちは誰も利益を得ようとはしていなかった。よくできたことに、転売人たちの中には、盗み取った大元のコミュニティに属する人間はいないように思われる。連中は実際のところ、行きがけの駄賃に我々の善意を悪用し、美味しいところだけをさらっていく通りすがりの名無しさんなのだろう。

だがそうだとしても、私は真剣に考えてしまうのである。こちらの努力から転売人たちが得るものが、そんなに大きいだろうかと。頭が冷めた瞬間、連中はむしろ貢献しているのかもしれないのだという考えが――もちろんきわめて無意識的に――浮かんでくる。結局のところ、こういう転売ディスクを買ってしまった人が、事前に現在のスペクトラムシーンについて知っているということは、まずなさそうに思われる。知っていたら私たちと同じように、ネットから無料でダウンロードしているはずだ。こう考えてみると、ディスクが一枚売れるごとに、コミュニティに新しい人材を呼び寄せる可能性があるとも考えられるわけである。エミュレータ作者様へ: ヘルプファイルに適切なアドバイスを記すことをお忘れなきよう。

エミュレータを介したユーザーコミュニティというものがきわめて限定的にしか実現されていない日本からみると、随分迂遠な話に思えるかもしれません。同じようにしてフリーなエミュレーションを実現しているX68000でさえ、コミュニティは閑散としているわけですから。なんにしても、著作権問題が解決すればエミュレータの未来は薔薇色というわけでもないらしいということだけは、心の片隅に留めておきたいところです。