Ferranti と Manchester 大学

フェランティは歴史の古い電気製品メーカで、その創業は1882年にまで遡ります。設立者のセバスチャン・ジアーニ・ド・フェランティは幼いころから電気工作に才をみせ、13歳の頃にはアーク灯による街路照明を発明。その後16歳で民生用発電機を共同発明して財をなし、やがて交流発電の積極推進者として、電力産業に大きな発言力を持つようになっていきます (当時エディソン、ケルヴィンらの直流派と、テスラやフェランティらの交流派が主流派争いをしていた)。二代目ヴィンセントは電気製品の販売にも力を注ぎ、第二次大戦頃のフェランティはイギリスきってのサプライヤに成長していました。軍需製品の開発や生産にも大きく貢献し、とくに当時の最先端技術であるレーダーの開発に深く関わっていたことが知られています。

当時イギリスにおけるレーダー開発を支えていたのはTRE (Telecommunications Research Establishment・通信研究協会) という政府系研究機関で、ここにはやがて半導体やコンピュータの誕生において重要な役割を演じることになる人物たちが幾人も在籍していました。世界最初の現代型 (プログラム内蔵方式) 汎用コンピュータ・通称Babyを生み出したフレディ・ウィリアムズトム・キルバーンも、TREで研究に従事していた人々です。