蘇るMZ-800

ヨーロッパ本土に目を向けると、MZ-700/800はビジネス機ではなく、ホームコンピュータとしてそこそこ売れていたようです。イギリスやアメリカの外では、それほど低価格帯の競争が激化していなかったせいかもしれません。とくにドイツでは、かなりのユーザーを獲得することに成功しました。

それから数年後。冷戦終結が近くになった頃、シャープは東欧に販路を拡げ、MZ-800の在庫一掃を目論むようになります。こういう方針をとったのは何もシャープだけではありません。この時期には他にも多数の8-bitパソコンが東欧で放出されています。パソコンメーカー各社は、16-bit時代の本格化を前に、旧世代機の販売拠点を東欧へ移そうとしていたのです。

西側のパソコンを正面から受け容れた最初の国はハンガリーでした (1983年)。ここは数年にわたってコモドールが制します。次いで市場を形成したのはポーランドでした (1985年頃)。この国ではアタリXL/XEとZXスペクトラムが著しい成功を収めたほか、コモドール64もやはり結構な人気を集めました。三強のひしめくなか、MZ-800はあまり注目されずに終わります。

そしてこれに続いたのがチェコスロヴァキアです (1987年)。シャープはここに狙いを定め、大手に先駆けてこの国に乗り込んでいます。当時はまともにパソコンを扱いうる店などまだ全国に三軒ほどしかなかったそうですが、ともかくもMZ-800はこの国で正規に流通した最初のパソコンのひとつとなります。

しかし最終的にチェコスロヴァキア市場を制したのは、MZ-800ではなく、またもZXスペクトラムでした。スペクトラムの圧倒的な低価格と、安価なテープメディアを主体とする膨大なソフト資産は、東欧のほぼ全域で歓迎されました。人口千五百万余のチェコスロヴァキアでは、互換機もあわせて三十五万台以上が売れています。二番目によく売れたのはアタリXL/XEでした。しかし普及台数は二万台程度と、スペクトラムには大きく引き離されています。MZ-800はこれを追って、一万五千台で三位につけました。ちなみに四位はコモドール64ですが、販売台数はさらに一段少なかったようです。

ソフトウェア資産の少ないMZ-800が、アタリとほぼ互角の勝負を繰り広げることができたのは、有志たちの手によりスペクトラムの人気ゲームが多数移植されていたためだといわれています。スペクトラムはMZ-800と同じZ80マシンで、グラフィックやサウンドの性能も似たようなものということで、移植はかなりやりやすかったそうです。その一部のスクリーンショットこちらで見ることができますが、「ブルース・リー」や「マニック・マイナー」などの、細かく書き込まれた単色キャラクタは、まさにスペクトラムそのものです。

こうした移植活動に従事するグループは、最盛期には二十余りを数えました。大半はZXスペクトラムの画質 (8色) を忠実に再現していましたが、そのなかにひとつだけ、MZ-800の最高画質 (VRAM増設時の320x200 16色/640x200 4色) にこだわり尽くした異色のグループがあります。ヴラスティミール・ヴェゼリ氏率いるTRIPSです。先のスクリーンショットのなかに、手の込んだグラフィックスで目を惹く作品がいくつかあると思いますが、それらがすべてTRIPSの手によるものなのです。

TRIPSの代表作は、なんといっても「レミングス」(1992) でしょう。当時これに比肩しうる8-bit機版「レミングス」は存在していませんでした。16-bit機のオリジナルから丹念にトレースしたその緻密な画像は、当時のユーザーたちを感嘆させたに違いありません。翌年のコマンド選択式テキストアドベンチャー「プリンス・ジェイソン」を経て、TRIPSは1994年に、まだIBM-PCで発売されて間もなかった「レジェンド・オブ・キランディア」の移植を成し遂げています。正しくは移植ではなくて、「リターン・トゥ・キランディア」というタイトルが示すように、同じシステムを用いた私家版なのですが、TRIPSがこの最終作に込めた執念は、スクリーンショットを見るだけでもありありと伝わってきます。

中東欧では今日も8-bit機愛好家たちの活動が盛んですが、MZ-800ユーザーたちの活動は、残念ながらほぼ途絶えてしまったようです。しかしともかくも、チェコ/スロヴァキアのコンピュータ黎明期を語る上で欠かせない存在として、シャープの名前はイギリスでと同様、長く語り継がれていくことでしょう。

参考:

シャープ博物館 (Nibbles lab.)

sharpmz.org

MZ-800 RetroMuseum

emul8.xlabs.sk

Stanley: Last incarnation of ZX Spectrum+ was Delta computer (?)

Martin Banks: Banks Statement ('Personal Computer World' 07/81)